憲法記念日を前に

2016年5月1日 19時23分 | カテゴリー: 活動報告

5月3日は憲法記念日です。
1947年5月3日、現在の日本国憲法が施行されました。
参議院選を前に憲法改正を視野に入れた論議が盛んになっています。

3月29日、安全保障関連法が施行されました。昨年9月に行われた強行採決。これは立憲主義を覆すものとして今も多くの国民が反対の声をあげています。
憲法は、国民が守らねばならないものではなく、権力者を縛るために存在するということを忘れてはなりません。憲法は、法律を成立させる政府や国会議員、公務員の暴走を止めるため、国民が主権者であることを宣言するものです。
憲法前文には、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と記されています。

自民党による「日本国憲法改正草案」に目を通してみました。ここでは、国民が憲法を守らなければならないと規定している条項が散見されます。現在の憲法第99条には、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。」と記されています。そこに対応する草案の第102条では、2項「国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。」の前に第1項「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」と記されています。また、第3条、国旗及び国家の第2項では、「日本国民は、国旗及び国家を尊重しなければならない」と記されています。(現在の憲法には、国旗及び国家の記述はありません)
憲法が国民を縛るものであるとしたら、主権は誰にあるというのでしょうか?

また、この草案には「公益」という言葉がところどころ出てきます。
現憲法第13条、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
それに対応する草案第13条、「すべて国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。」
また表現の自由についての草案第21条、新設の第2項には「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」と記されています。

極端な話ではありますが、例えば政府が戦争をすることを「公益」と決めた場合、それに逆らうことは憲法違反だということになります。まさか、とお笑いになるでしょうか。憲法に「公益」という言葉を盛り込むこと、私は嫌な感じがします。少しの言葉の違い、それが未来の私たちを縛るような気がします。例えば上記第13条の「個人」と「人」の違い。何が違うのか、わかる人は少ないでしょう。憲法の条文を読み込んでいる個人はそう多くはありません。であるからこそ、専門家の話に耳を傾ける意味があるのだと思います。
安全保障関連法は、9割以上の憲法学者が「憲法違反である」と明言しています。
「憲法を擁護する義務を負う」はずの国会議員が憲法を無視して作り上げた法案。国民は侮辱されたと怒っていいはずです。
憲法記念日を前に、私ももう一度この意味を考えてみたいと思います。