奥田知志さんの講演会に参加しました

2017年5月22日 10時22分 | カテゴリー: 活動報告

5月19日(金)、横浜の万国橋会議センターにおいてワーカーズ・コレクティブの第13回通常総会が行われました。その後、NPO法人抱僕理事長の奥田知志さんの講演会が開かれました。
「助けてと言える社会へ」と題し、生活困窮状態にある方への伴奏型支援についてのお話を伺いました。

奥田さんは、1990年にホームレス支援組織「北九州越冬実行委員会」事務局長に就任して以来、ずっとホームレスの方々の支援に携わってきた方です。現在は、NPO法人抱僕 理事長、ホームレス支援全国ネットワーク理事長、生活困窮者自立支援全国ネットワーク共同代表を務めておられます。

憲法を変えようとしている人たちが家族の大切さを説く今の時代は、「個人」あるいは「身内」にすべての責任を押し付ける自己責任論全盛の時代、「非社会」の時代であるというところから話は始まりました。困窮の責任を個人に転嫁する自己責任論は、社会を無責任化する非社会化である。という論点に、うーんなるほど、と思いました。

人と人とのしがらみのない自由を手に入れた今の時代の人間は、仕事や地位、財産を持っている人々にとっては生きやすい世の中かもしれません。しかし、格差社会が広がる中、その自由を謳歌できる人たちの数は確実に減っています。困窮世帯に生まれた子どもたちは、自分の責任で困窮に陥っているわけではありません。歳を重ね、病気になり、収入の道が途絶えた時、誰でも困窮に陥る可能性があります。「だから貯金をしなければ」ではなく、助けてと言え、助ける人がいる社会をもう一度作り直す必要があります。

他者と伴走し続ける支援、それは無論、簡単ではありません。生活に困窮している方と時間や場所を共に過ごしていく中で、伴走者も時に心に傷を負います。しかし、その痛みが新たな何かを作り出すかもしれません。奥田さんは、「社会とは、他者が他者のために健全に傷つくための仕組み」であると言われていました。傷つくのを避け続けていては、人と交わることはできません。支援する人たちも伴走していく中で自分の場所を作ることができ、社会の一員となっていきます。

困窮とは、経済的なことばかりを言うのではありません。巨万の富を持っていても社会的に孤立している人は困窮者といえます。困った人と肩を並べて走る人がいて、自分は大切な存在であると気づき、他の誰かの伴走者になれる、そのつながりなくして現代に再び「社会」を作り出すことはできない、と実感した時間でした。