なんか違和感 ~子どもの権利学習会で考えたこと~

2018年2月6日 23時28分 | カテゴリー: 活動報告

そのおねえさんは、多分とても緊張していたのだと思います。
テレビの子供番組の中で、顔が引きつっていました。
はじめての登場だったのかもしれません。
他の人たちのはじける笑顔の中で、その顔は目立っていて、何年もたった今でもとても印象に残っています。

それまで、なんとはなしに見ていた子ども番組の中の人たちの表情に「あれ?」と思ったのは、その時からです。
誰もかれもが笑っています。
子どもたちに呼びかける「みんな、げんき~」という言葉そのままに、登場する人たちは、みんな元気です。
悲しい顔も、おこった顔も、すぐに笑顔に早変わりします。ここはこんなに楽しいよ、と全身で語りかけています。

「疲れるだろうな」と、冷めた目で見ると、思います。その表情は、自然ではないからです。
顔が引きつっていたおねえさんは、テレビの中で仮面をかぶり切れなかった、素が出てしまった。それは、自然な表情でもあります。それなのに、その自然な姿に違和感を感じてしまう私がいました。

このことを思い出したのは、1月29日の学習会のビデオの中で見た、フィンランドの保育士さんの表情が、「日本と違う」と思ったからです。2~3歳のかわいい子どもたちを前にして手遊びをしている時でも、その保育士さんは、あまりニコニコしていません。学校の先生のような感じ。ちょっとこわそう、と思ってしまいました。

小さな子どもを前にすると、ニコニコと話しかけるのが日本では普通です。かわいいので自ずと笑顔になるということもあるでしょう。しかし、1日中子どもと一緒にいる保育士さんや幼稚園の先生は、疲れないのでしょうか。
大人は大人、子どもは子どもです。大人は子どもに合わせてしゃべる必要はあるのでしょうか。

大人に対して子どもに向かうように話しかけること。
例えば、老人介護施設などでは時に見かけます。
たとえ相手の認識力が弱まっているとしても、自分より年長の人に対して失礼ではないかと、私はとても不快になります。

あるいは、以前ある会社で出会った光景。
障がい者を多く雇用しているその会社の担当者は、そこで働いている障がい者のことを「あの子」とか「この子」とか呼んでいました。実際に働いているその方を見て「おじさんじゃん」と思いました。その頃まだ若かった私よりかなり年上の方たちです。その呼び方には、強烈な違和感がありました。

人に対する話しかけ方。
それは、相手に人権があることをはっきりと認識しているか否かの指標になり得ます。
フィンランドでは、子どもの人権を大切にしていることを学習会で学びました。
ひとりの人間として見ているからこそ、保育士は大人として対等に子どもに向かい、子どものところまで降りて行って、語りかけはしません。無理にニコニコもしません。
それで、いいのだと思います。

子どもをひとりの人間として、対等に扱う。そこからしか、子どもにとってのより良き保育、学習は生まれないと思います。この視点を、忘れずにいようと思います。