理解できない「多選自粛条例の廃止」

12月20日(金)、令和元年第4回定例会が閉会されました。最終日のその日、大和市長の任期を連続3期までに務めるとした多選自粛条例の廃止案が賛成多数で可決されました。賛成15人、反対11人、退席1人。議長は採択に加わりませんが、総務常任委員会の委員としては賛成でしたので、実質は、賛成16人、反対11人、退席1人です。大和市に市長の多選自粛条例は、なくなりました。

ずっと、もやもやしています。ひとりの市民として全く理解できません。理解できないので、反対しました。

以下に私のもやもやの理由を述べます。

大和市多選自粛条例は、現市長が12年前に提案し、議会で可決されつくられました。その時の大和市広報には、次のような説明が載っています。
市長は、予算提案権をはじめ、人事、許認可など幅広い権限を有しています。権限が集中する市長の職を同じ人物が長期間務めることで、「政治の独善化」「人事の偏向化」などさまざまな弊害が生じやすいといわれています。
 同条例案は市長の任期に上限を設けることで、このような弊害を防止し、将来にわたって清新で活力ある市政運営を確保することを目的としています。また、現職の市長に限らず将来の市長も対象としています。

なるほど、と思える理由です。こう定めた市長は、現在4期目。約束は守ろうね、と言いたくもなりますが、まあ気が変わることもあるでしょう。実際に市長になってみて、3期12年ではまだまだやり残したことがある、と市長が思ったなら、条例制定は若気の至りだった、12年では理想を実現するには足りないことが分かった、長い経験があってこそできることがある、多選は弊害ばかりではないと主張し、自ら廃止すべきなのです。しかし、昨年から議会ではこのことについて幾人もの議員から質問されたにもかかわらず、市長は全く答えることなく、選挙に出馬し、4期目に入っています。今回の定例会では最後に市長の挨拶がありましたが、この選挙に出たことについて、対立候補が一人だけ出たため、自分が出なければ無投票で市長が決まってしまうことを危惧しての出馬だったと話していました。う~ん。今回、数人の対立候補が出たら、選挙に出なかったということでしょうか? 説明が、潔くないです。

多選自粛条例があろうとなかろうと、はっきりいってどうでもいいです。あってもなくても、大きな権力を持っている市長は、上の説明にある「政治の独善化」「人事の偏向化」などさまざまな弊害が無いよう、努力すべきですし、そうであってほしいです。議員は、条例がなくてもその弊害が出ないよう、市民の代表として監視し、意見を言い続けなくてはなりません。

今回のことで私が理解できないのは、条例廃止を議員から出したということです。議会の討論では、二元代表制の危機という言葉も出ました。

市長にとって、この条例は自らに課した足かせです。しかし、現市長はそれを自らなくすことをしませんでした。「ならば、私が取ってあげましょう」としたのが、今回の条例廃止を提案した議員たちです。議員にとっては、この条例があろうがなかろうが、どうでもいいはずです。そんなどうでもいいことを、わざわざ市長のためにやってあげたのです。提案者は、選挙で市民は今の市長を選んだ、4期目に突入し、すでにこの条例は実質的ではなくなっている、将来市長に立候補しようとしている人が、立候補をためらうかもしれない、などの理由をあげています。もし、選挙で新しい市長が選ばれ、条例が将来にわたり邪魔だと思ったら、その時廃止すればいいのです。自分で作ったものでないなら、廃止もしやすいでしょう。説明がまっとうなものなら、議会も賛成するはずです。今回の条例廃止案が上がった裏には、市民の見えないところで、市長と議員の間で一体どんな話し合いがなされたのだろうと、勘ぐってしまいます。もし、市長が全然絡んでいないのなら、そう思われる材料を市民に与えてしまったことになります。

廃止条例に賛成した議員が(そして採択の時、退席して賛否をあらわにしなかった議員も)、市長に媚びを売っている、あるいは忖度している、そう思う市民も多いでしょう。私もそう思います。総務常任委員会で、私は委員外議員として「提案議員は、議員として市長に忖度している、と市民に思われると考えなかったのか」と質問しました。提案議員は「それは考えた」と正直に答えています。「そのことについては、丁寧に説明していくしかない」とも。議会で説明したことが全てなら、市民に納得してもらえる説明ができるとは思えません。

では、なぜ議員が忖度するのか?つまり市長に嫌われたくないのか? それは今の市長が、自分にすり寄る議員の提案などを一般質問などで、より多く受け入れるからです。委員会等で市長や市政に対して厳しい意見を言う議員はいます。きちんとした理由や根拠があるなら、その人は議員として真っ当なことをしているわけです。部下ではない議員だから言えることでもあります。(議員の人事権は市長にはありませんから。)そのような議員が一般質問を行なったとき、市側の答弁はあまり良いものではない、つまり提案に対して、それはやりませんなどと拒否されるような答えがあります。それに対して、市長のご機嫌をとっている議員の質問には、どうでもよいものでも丁寧に答える。そんなシーンが見受けられます。

議員は、選挙では〇〇を推進します、あるいは〇〇を実現しましたなどと言いますが、実際に実施するのは行政側です。提案が拒否されれば、自分の思いは実現しません。ですから、より多く提案が受け入れられなくては、議員として困ってしまいます。

なら、市長と仲良くして、自分の提案をより多く受け入れてもらった方がいいではないか?と思うかもしれません。しかし、議員が行うのは自分の提案を言うことだけではありません。予算などの市側から出た議案を審議し、それでいいか悪いか最終的に決めるのが議員の最も重要な役目です。そんなの本当に必要なの?お金がかかり過ぎじゃない?など、中身を吟味し、それが必要ではないと判断するならば、否決して執行できないようにする。その権限が与えられているから、議会は二元代表制の一翼を担うとされているのです。市長と仲良くし過ぎるとそれができにくくなります。持ちつ持たれつの関係では、市長と議会の間に緊張感はありません。

ですから、今回、議員が市長の足かせを取ってあげたことは、二元代表制の危機という議員の発言があったのです。私もそう思います。

今回、この議案に賛成した議員たちは、なぜ自分は賛成したのか、市民が納得できるよう、説明する義務があります。

また、市長は議会との緊張感を保つことができるよう、一般質問などの答弁に対して、全ての議員の提案に真摯に向き合うべきです。

私は、先の選挙で市民が現市長を選んだのは、多選自粛条例があるなしよりも、今の市長の実績を評価しているからだと思います。自分に批判的な議員の提案でも、それが市民の生活の向上の為に本当に必要なものならば喜んで受け入れる、そんな大人の対応を望みます。

今回は、どろどろした政治というものを間近で見る羽目になりました。不愉快です。