自分の中にある偏見を見つめなおす 森発言を契機として

2月12日、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長は、女性を蔑視する発言をした責任を取って辞任を表明しました。「発言による混乱で多くのみなさんに迷惑をかけた」というのがその理由だそうですが、自分の発言の何がいけなかったのか、ご本人は今でもわからないないのではないでしょうか。

問題となった発言は、2月3日の日本オリンピック委員会の評議員会での「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」。また、女性理事を評価する形で使った「わきまえておられる」などです。発言を聞いたそこにいた人たちが、異議を唱えなかったことを問題視する人もいますが、言葉に違和感を持った人の大方の反応は、ちょっと肩をすくめ「あーあ、また言っちゃったよ」という程度のものだったのでしょう。それほど、日本ではこの手の発言が日常化しています。

女性がたくさん入っている理事会は時間がかかるというのは、当たっているかもしれません。私にもその感覚はあります。大和市議会は議員定数28人のうち、7人女性がいますが、女性が複数入っている常任委員会の会議時間は長くなりがちです。理由は「まじめな人が多いから」です。委員会では、議案について質疑をします。より多く勉強すればするほど、疑問点や問題点が見えてきますから、発言が多くなり長くなります。もちろん勉強熱心であることは男女関係がありませんから、男性でも長い人はいます。いわば「ちゃんと仕事をしている」のです。「簡潔に」という理由で、発言を制限しようという動きもあります。ナンセンスです。

だから、時間がかかると言ったのは、単なる事実を述べただけかもしれません。国の会合に出るような女性はまじめな人が多いかもしれませんから。問題視されたのは、そこに「女は黙ってろ」「わきまえた人間というのは、異議を唱えず黙っているもんだ」みたいな思いが透けて見えていたからではないでしょうか。
世界や日本の人たちがそれに気づき、問題視し、騒ぎ立て、辞任に追い込んだのは、社会が一歩進んだことの証かもしれません。それは喜ばしいことです。

東京オリンピックの大会ビジョンの一つは「多様性と調和」だそうです。「多様性」はめんどくさいものです。まず、全く知らない相手を理解することから始めなくてはなりません。会話を重ね、自分との共通点を探し、見つからなかったら、理解しようと努め、悩み、考える。しかも常に考えていることが必要です。
めんどくさいから、つい自分が理解できない人や行動には「精神病だ」「犯罪者だ」とレッテルを張ることによって排除し、自分の枠の外に追いやり、考えなくてもいいようにしてしまいがちです。
人種差別との闘いやフェミニズム運動、LGBT運動などは時間をかけてその垣根を取り除いてきました。
しかし、まだまだ人の心に偏見は残っています。どうしても受け入れがたい考え方、生理的に受け付けないものは誰にでもあるはずです。ないと言い切れる人は、自分の心の中から探そうとしていないだけかもしれません。

政治家だから、公人だから発言が問題視される、というだけでは、社会は変わってはいきません。多様性を尊重するためには、各人が自分を常に見つめ、自分の中から偏見の芽を摘み取っていく必要があります。新しい物事に出会い、そこに違和感や嫌悪感が起こったら、なぜ自分はそう思うのか、と立ち止まることが必要です。もしかしたら、相手に対する理解、あるいは理解しようとする気持ちが不足しているのかもしれません。

私は不完全な人間のひとりとして、自分を見つめて生きていくために、知識を増やし、考え、対話を重ねる努力をしたいと思っています。